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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14212号 判決 1993年5月11日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

小松正富

永山忠彦

本多清二

山田有宏

松本修

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

被告

後藤章夫

右両名訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

同訴訟復代理人弁護士

鳥飼重和

舟木亮一

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一五〇万円及びこれに対する平成二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を、表題の「謝罪文」とある部分は明朝体一二ポイント活字とし、本文は明朝体一〇ポイント活字として、雑誌「フォーカス」誌上に縦八センチメートル、横一六センチメートルの大きさで掲載せよ。

二  被告らは、原告に対し、連帯して一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)が発行する雑誌「フォーカス」(以下「フォーカス」という。)誌上に掲載された別紙(二)記載の記事(以下「本件談話記事」という。)により名誉を毀損されたと主張して、被告新潮社及びフォーカスの編集・発行人である被告後藤章夫(以下「被告後藤」という。)に対し、不法行為に基づき謝罪広告及び損害賠償(慰謝料)を請求している事案である。

二  当事者間に争いのない事実等

1  原告は大正一二年一一月一三日生まれの女性であり、甲野良子(以下「良子」という。)は原告の次女である。

2  良子は、外数名と共謀の上、株式会社龍伸興業会長乙次郎外一名を逮捕し監禁した旨の公訴事実で平成二年一月二〇日東京地方裁判所に起訴され、同三年一月二四日同裁判所において懲役三年執行猶予四年の有罪判決を受けた(甲二、証人甲野良子)。

3  被告新潮社は、書籍及び雑誌の出版等の事業を目的とする株式会社であり、フォーカスを発行している。

被告後藤は、平成二年二月当時被告新潮社においてフォーカスの編集・発行人をしていた者である。

4  被告後藤は、フォーカス平成二年二月二日号に「『吸い上げた金は五〇〇億円』―『愛人事業家』を誘拐監禁した39歳女社長」との見出しの下に、良子に関する写真入りの別紙(三)記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

本件記事には、原告に関する事実を記載した別紙(二)の内容の本件談話記事が含まれている。

三  原告の主張

1  本件談話記事に記載されている、①原告が乙次郎に対し出刃包丁を振り回したこと、②原告がメモを自分の性器の中に隠したこと、③原告が裸にされてしまったことは、いずれも虚偽である。原告は、本件談話記事の掲載・頒布によりその名誉を著しく毀損された。これによる原告の精神的損害を慰謝するための金額としては、一〇〇〇万円が相当である。さらに、原告が失った名誉を回復するために謝罪広告の掲載が必要である。

2  被告後藤は、フォーカスの編集及び発行に携わる者として、記事の作成に当たっては他人の名誉を毀損しないように厳重な注意を払うべき義務を負っていた。被告新潮社は、出版事業に携わる会社として、その被用者の行為によって他人の名誉を毀損することのないようにその選任・監督につき注意を払うべき義務及び他人の名誉を毀損する記事が掲載されている雑誌を販売することのないよう注意する義務を負っていた。しかるに、被告らは、本件記事の掲載及び頒布に際し右の各注意義務を怠った。

3  よって、原告は、被告新潮社に対しては民法七一五条、七〇九条、七二三条に基づき、被告後藤に対しては同法七〇九条、七二三条に基づき、前記のとおり謝罪広告の掲載及び損害賠償(慰謝料)の支払を求める。

4  (被告らの主張に対する反論)

本件談話記事は、読者の好奇心に迎合した興味本位の報道であり、その内容及び表現方式において著しく暴露趣味的で世間の好奇心をあおる結果を招いており、客観的かつ冷静であるべき報道の範囲を逸脱している。

本件談話記事は、公共の利害に関する事実に係るものではなく、その執筆、掲載及び頒布は公益を図る目的に出たものではない。

四  被告らの主張

1  本件記事は、良子が、元株式会社高島屋東京店社員の丙三郎(以下「丙」という。)と共謀の上、乙次郎との間で同店を舞台に一〇〇〇億円にのぼる架空取引(以下「高島屋架空取引」という。)を行ってきたところ、右架空取引が行き詰まったため、架空取引の事実が乙次郎に発覚することを恐れて、同人らを逮捕・監禁したという犯罪行為(以下「本件逮捕監禁事件」又は「良子の犯罪事実」という。)を直接の対象とするものである。

一般に、犯罪に関する報道においては、犯罪事実そのものだけではなく、これに関連し付随する事実も、それが当該犯罪事実の報道にとって必要かつ相当な内容であるときは、公共の利害に関する事実にあたるところ、原告は高島屋架空取引に良子が関わっていること及び良子と乙次郎が愛人関係にあることを認識しており、本件談話記事にいう「メモ」は本件逮捕監禁事件についてのものであったことなどからすれば、本件談話記事は、良子の犯罪事実に関連し、しかも右犯罪事実の報道にとって必要かつ相当な内容というべきである。

2  本件記事は、その見出しにあるとおり、被害金額が莫大であること、被害者が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)系の大物経済人であること、加害者が女性であり、その手段が異常かつ酷薄であることからして、良子の犯罪事実は前代未聞の不祥事であることを内容としており、読者の知る権利にこたえるため、専ら公益を図る目的の下に執筆されたものである。

本件談話記事は、原告が良子の母親として良子の犯罪事実の全過程の一部に巻き添えになった旨記載したものであるが、その目的は右報道目的の範囲内のものであり、決して原告の私生活の暴露や個人攻撃を目的としたものではない。

3  本件談話記事のうち、①原告が乙次郎に対し出刃包丁を振り回したことについては別として、②原告がメモを自分の性器の中に隠したことは、性器を下着あるいはパンティとするときはおおむね真実に近いというべきであり、③原告が裸にされてしまったことも同様におおむね真実に近いといえる。

仮に本件談話記事が真実でないとしても、本件談話記事は、フォーカス編集委員で本件記事の執筆者でもある鈴木隆一(以下「鈴木」という。)ら三名からなる取材班が高島屋架空取引事件を捜査していた警視庁捜査二課の捜査員及び乙次郎の側近であるスポーツ平和党の細木久慶(以下「細木」という。)外一名から取材した結果に基づいており、被告らは本件談話記事の内容が真実であると信じるにつき相当な理由があった。

五  争点

1  本件談話記事は原告の名誉を毀損する内容のものか。

2  本件談話記事の内容は公共の利害に関する事実に係るものか。

3  本件談話記事の執筆、掲載及び頒布は専ら公益を図る目的に出たものであるか。

4  本件談話記事の内容は真実と認められるか。仮に真実でないとした場合、被告らに真実であると信じるについて相当な理由が認められるか。

5  損害額の算定及び謝罪広告の必要性。

第三  争点に対する判断

一  争点1(名誉毀損の成否)について

1  本件談話記事は、「乙会長の誘拐、監禁事件が起こったのは昨年暮の12月15日。」との書き出しで始まる良子らによる本件逮捕監禁事件についての記述に続くものであり、監禁状態から解放された乙次郎が良子及び原告を追及した際の状況につき、関係者の談話という形で説明するものである。

また、本件談話記事は、関係者の談話という形をとっているが、こういううわさがあるとの伝聞の形式ではなく、「出刃包丁を振り回す騒ぎもあったんです」「メモを自分の性器の中に隠した」「(メモを)を裸にされて奪われてしまった」など、そのような事実があった旨断定的に報道している。

2  右の事実に加え、本件談話記事の内容が、女性である原告が乙次郎らに捕らえられて裸にされ、さらには自分の性器の中にメモを隠した旨の露骨かつ一般の読者にさえ羞恥心を感じさせる記述であることにかんがみれば、本件談話記事の執筆、掲載及び頒布により、原告の名誉は毀損されたものというべきである。

二  争点2(本件談話記事に係る事実の公共性)について

1  一般に、犯罪事実は公共の利害に関する事実といえるが、犯罪事実そのものではなく、これに関連し、あるいはこれに付随する事項であっても、それが当該犯罪事実の報道にとって必要かつ相当な内容であるときは、公共の利害に関する事実に当たるものと解するのが相当である。

2  本件談話記事は、良子による本件逮捕監禁事件に関連して、逮捕・監禁の被害者である乙次郎が良子及び原告を捕らえ、良子を追及し、原告から資産について書いてあるメモを奪った旨の内容であり、良子の犯罪事実の発覚直後の被害者と加害者及びその母親の行動に関する記事であるから、犯罪事実に関連するものといえる。また、右記事部分は、良子の犯罪事実の報道にとって不可欠のものとまではいえないにしても、被害者である乙次郎の怒りの大きさを伝えるものとして必要かつ相当な事実の報道を内容としたものといえる。したがって、本件談話記事の原告に関する部分は、公共の利害に関する事実に係るものというべきである。

3  これに対し、原告は、本件談話記事は、読者の好奇心に迎合した興味本位の報道であり、その内容及び表現形式において著しく暴露趣味的で公共の利害に関する事実に係るものではないと主張する。しかし、公共の利害に関する事実に当たるか否かは、報道された事実自体の内容及び性質、すなわち、本件においては良子の犯罪事実との関連性に照らして、客観的に判断されるものであるところ、本件談話記事の内容は前示のとおりであり、現代社会においてこの程度の表現方法は公共の利害に関する事実に係るか否かの判断を左右するものとは見られないから、原告の右主張は採用できない。

三  争点3(本件談話記事の執筆、掲載及び頒布行為の公益目的)について

1  本件談話記事の内容は前示二2記載のとおりであり、右は良子の犯罪事実に関連するものであるところ、報道機関が他人の犯罪事実ないしこれに関連する事実を公表した場合においては、それが対象となった人物の私生活の暴露や個人攻撃を目的とするものと明らかに認められる場合を除き、国民の知る権利にこたえるための公益を図る目的に出たものと推認するのが相当である。

2  なるほど、本件談話記事は「原告がメモを自分の性器の中に隠した」「原告が裸にされた」との露骨な表現を含むものであり、原告が主張するように読者の好奇心に迎合した興味本位の面がないとはいえない。しかし、右の表現はあくまで乙次郎が良子及び原告を追及したときの状況を描写したものであり、本件全証拠によっても、本件談話記事が明らかに原告の私生活上の行状の暴露や原告に対する個人攻撃を目的としたものであると認めることはできない。

そうだとすれば、被告新潮社が本件談話記事を執筆し、これを掲載し、頒布した行為は、公益を図る目的に出たものというべきである。

四  争点4(本件談話記事の内容の真実性ないし相当性)について

1  本件談話記事の内容の真実性について

(一) 証拠(甲三、四、証人甲野良子、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成元年一二月二四日午後一時過ぎころ、当時原告が住んでいた東京都千代田区六番町六番一号所在のマンション「パレロワイヤル六番町」四〇六号室(以下「パレロワイヤル四〇六」という。)に乙次郎と良子が来た。原告は、その日は体調がすぐれなかったため、朝から浴衣を着て自室(別紙見取り図の「母の部屋」)で休んでおり、乙次郎と良子が来た際も玄関で挨拶を交わしただけであった。

(2) その後、乙次郎は奥のベッドのある部屋に入り、押入れを開けるなど部屋の中を物色していたが、良子が手帳二冊(紺色のものとクリーム色のもの)とメモ用紙を隠そうとしたので、それを出すように要求して、部屋の中にあった鋏を持ち、これを良子に突きつけた。良子と乙次郎はベッドの付近で揉み合いとなり、その際紺色の手帳とメモ用紙はベッドの付近かベッドの下辺りに落ちたが、クリーム色の手帳は良子が手に持ったままであった。

原告が良子の悲鳴を聞いて右の部屋に入ったところ、乙次郎がベッドの上に良子を押し倒して馬乗りになり、左手で良子の首を絞め、右手に持った鋏で同人の首の辺りを突こうとしていた。原告は、このままでは良子が殺されると思い、同人を助けるためベッドの上に駆け上がったとき、良子が左手にクリーム色の手帳を持っているのに気づき、これを受け取り、とっさに自分の浴衣の懐の中に隠した。原告は、乙次郎から鋏を取り上げようとした際、首から胸にかけて約七、八センチ鋏で切られ、乙次郎に突き飛ばされた。しかし、乙次郎は原告がクリーム色の手帳を隠し持っていることにその時は気付かなかった。

(3) 乙次郎と良子は、その後パレロワイヤル四〇六を出ていったん当時良子が住んでいた同区六番町六番二〇号所在のマンション「グランドメゾン」三〇一号室に戻った。そして、午後六時過ぎころ乙次郎は良子を連れて再びパレロワイヤル四〇六に行き、そこで乙次郎が呼んだ同人の息子の乙四郎外数名の男たちと合流した。乙次郎は、数名の男たちと共にパレロワイヤル四〇六の中をくまなく物色し始めたので、自室で寝ていた原告は、乙次郎らは昼間自分が良子から受け取ったクリーム色の手帳を探しているのではないかと思い、この手帳と枕元にあった自分の電話帳を腹巻の中に隠した。

(4) 原告は、トイレに行った際、お手伝いの戊田順子にクリーム色の手帳と電話帳を渡そうとしたところ、その動作を乙次郎に見とがめられた。乙次郎は、原告のところに来て原告の腹部を四、五回パンパンとたたき、「ここに固い物があるぞ」と言った。乙次郎は原告を原告の部屋に連れていき、自分は部屋の外に出た。乙次郎と入れ違いに三人くらいの男が原告の部屋に入り、原告の両手、両足を押さえつけ、浴衣を剥いで腹巻の中のクリーム色の手帳と電話帳を取り上げた。なお、その際、原告は乙次郎の連れの男たちによって下着を剥がされることはなかった。

原告は手帳等を取り上げられた後自室から出て、乙次郎と連れの男たちに対し「手帳と電話帳を返してください」と言ったが、返してもらえなかったので、仕方なく自室に戻った。

(5) 乙次郎は、原告から取り上げたクリーム色の手帳を基に良子を追及したが、良子が「知りません。調べればすぐ分かります。」と言って質問に答えなかったので、いすに掛けてあった自分のジャンパーの中から刃体の長さ三〇センチくらいの包丁を取り出し、絨毬に突き刺して「知っていることは全部言え。言わないと殺すぞ。殺しても俺は大した罪にはならない。」などと言って良子を脅迫した。良子がそれでも何も言わなかったので、乙次郎は「このパンスケ、バカヤロー、殺したってそんなに罪にならない。」と言って包丁を持ち替えて良子の胸を突こうとしたが、その場にいた良子のいとこの山田五郎らに押さえられ、大事には至らなかった。原告は、この騒ぎを聞きつけて自室から出てきたが、男たちが乙次郎の周りを取り囲んでいたため、乙次郎に近づくことはできなかった。

(二) 右認定の事実によれば、本件談話記事記載の①原告が乙次郎に対し出刃包丁を振り回したこと、②原告がメモを自分の性器の中に隠したこと、③原告が裸にされてしまったことは、いずれも真実であるとは認められないというべきである。

(三) なお、証人鈴木隆一の供述中には、鈴木ら後記取材班が、平成元年一二月二五日ころ細木及びスポーツ平和党の関係者から、①原告が乙次郎に対して出刃包丁を振り回し、「会長を殺す」と言った、②原告がメモを性器の中に隠したので、乙次郎の部下が下着を脱がせて奪い取ったとの事実を聞いた旨の供述部分がある。しかし、右供述部分は、伝聞である上(細木が乙次郎から聞いたことを更に鈴木らが聞いたものであるから正確には再伝聞である。)、甲四号証(一二月二四日当日現場に居合わせた山田五郎の証人尋問調書)、原告及び良子の各供述と対比して、到底採用することができない。

2  本件談話記事の内容が真実であると信じるについての相当な理由の有無について

(一) 証拠(乙五、六、七の1〜3、八ないし一〇、一二、証人鈴木隆一)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件記事の企画は平成二年一月中旬ころ鈴木が提案し、編集会議で承認を得たもので、まとめ兼デスクの鈴木、取材記者の倉本俊介(以下「倉本」という。)及び同じく三輪晋(以下「三輪」という。)の三名がチームを作って本件記事の取材及び編集に当たることになった。具体的には、倉本が良子の関連会社、不動産会社等及び乙次郎とその関係者の取材を担当し、三輪は細木及びスポーツ平和党の関係者の取材を担当した。そして、鈴木自身も細木、警視庁捜査二課の警察官、警視庁記者クラブの記者、丙と親しい銀座のバーに勤めるおかま及び赤坂の芸者から取材をした。

しかし、鈴木らは、原告の取材を試みたものの、所在がつかめなかったことから取材をすることはできず、また良子についても逮捕中であったため取材をすることができなかった。

(2) 本件談話記事の取材源は、高島屋架空取引事件の情報収集をしていた前記警察官、細木及びスポーツ平和党関係者の三名である。鈴木らは、平成元年一二月二五日ころ細木及びスポーツ平和党関係者から、①原告が乙次郎に対して出刃包丁を振り回し、「会長を殺す」と言った、②原告がメモを性器の中に隠したので、乙次郎の部下が下着を脱がせて奪い取った旨の事実を聞いた。鈴木が右警察官に取材して右の事実の確認を求めたところ、おおむねそうだとの返答であった。

(3) 鈴木らは、本件取材の過程で、原告及び良子が乙次郎にあて差し入れた念書(乙五、六)、良子が理事を務めていた財団法人華心会の肩書入りの原告の名刺(乙九)、原告、良子及び原告の夫である甲野太が宇野総理大臣(当時)と一緒に写っている写真(乙一〇)を入手していたが、本件談話記事の内容について、さらに裏付け取材を試みたり、その当時直接乙次郎から取材することはなかった。

(二) 右認定の事実によれば、本件談話記事の主たる取材源は一方当時者である乙次郎サイドであったのだから、取材・編集担当者の鈴木らとしては、右取材内容が信用性のあるものか慎重に判断し、更に裏付け取材をするなどして事実関係を調査するべきであったのに、これを怠り、漫然と右取材内容を真実であると信じたものであって、同人らに本件談話記事の内容が真実であると信じるについての相当な理由を認めることは困難である。そして、このような場合、特段の反証のない本件では、鈴木らを監督するべき立場の被告後藤及び被告後藤を選任・監督するべき立場の被告新潮社についてもそれぞれ過失が推認されるものというべきである。

(三) なお、証人鈴木は原告と良子が普通の親子以上の密接な関係にあったことを強調している。

なるほど、前記(一)(3)記載の書面等からは原告と良子の密接な関係が推認され、これらの書面の作成経過に関する原告本人の供述は極めて不自然であることから、本件談話記事の取材の際、鈴木らが原告の高島屋架空取引への関与を疑ったとしてもあながち不合理とはいえない。しかし、そのことと本件談話記事の内容を真実と信じることについての相当性との間には直接の関係はなく、原告と良子が密接な関係にあったことは前記結論には何ら影響しないというほかはない。

五  争点5(原告の損害及び謝罪広告の必要性)について

1  証拠(証人甲野良子、原告本人)によれば、本件談話記事の掲載、頒布により、原告は耐え難い精神的苦痛を受け、親戚、友人との付き合いにも支障が生じたことが認められる。他方で、本件談話記事は本件記事の一部を構成するものであり、全体としては読者に対して原告が良子の犯罪に巻き込まれたとの印象を与えるものであること、原告は良子の母親として紹介されているに過ぎず、実名は報道されていないこと、本件記事中には良子及び乙次郎の写真は掲載されているが、原告の写真は掲載されていないことなどを考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するための金額としては一五〇万円が相当である。

2  弁論の全趣旨によれば、被告らは原告に対しいまだ名誉回復の措置を講じていないことが認められるが、諸般の事情を考慮しても謝罪広告の必要性はこれを認めることができない。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して一五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 春日通良 裁判官 和久田道雄)

別紙(一) 謝罪文<省略>

別紙(二)

「今度は乙会長が良子の捜索を17日から始め、良子と彼女の母親が乙会長の手によって捕えられてしまう。怒り心頭に発した会長は良子のクビをしめて、なぜやったのか、金や資産はどうなったのか、詰問。このままでは娘が殺されてしまうと思った母親が出刃包丁を振り回す騒ぎもあったんです。母親は会長達に捕まる直前に、資産について書いてあるメモを自分の性器の中に隠した。が、裸にされて奪われてしまった。その後、良子は京王プラザホテルに“逆監禁”されてしまうんです。30日になって警察もそのことを知り、乙会長に良子を“解放”させて逮捕した」(関係者)

別紙(三) 談話記事<省略>

別紙見取り図<省略>

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